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zoom RSS 榎本武揚と開陽丸

<<   作成日時 : 2010/02/11 19:33   >>

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旅も26日目。 朝からとびっきりの快晴で気分も上々♪ 前夜は旧大成町で宿泊していたんですけど、早朝に江差まで走り朝食を済ませ、ゆん太君とのお散歩タイム 江差の町をブラッと歩きお散歩コースを探して、海岸線へ辿りつきました♪ 海は穏やかで風もなく散策するにはもってこいのところ。 で、早速車を停めて鴎(カモメ)島へ・・・ でしたが、その手前に大きな帆船があり近づいてみると「開陽丸」がありました〜 江差に開陽丸があるなんて知らなかったので、ちょっと嬉しくなってバシバシ写真を撮ってきたのが上の画像です。

開陽丸は皆さんよくご存知かと思いますが、ちょっとだけそれに触れてみたいと思います。 慶応3年(1867年)に将軍徳川慶喜の大政奉還、そして明治天皇の王政復古によって江戸幕府は倒れたわけですが、 幕府の残党達は戊辰(ぼしん)戦争を起こし、新政府(明治政府)に抵抗します。そうした中、幕府の海軍副総裁だった榎本武揚(たけあき)は、 蝦夷地を開拓し旧徳川家臣を救済したいと、8隻の徳川艦隊を率い、北海道に上陸。 こうして幕末最後の動乱「函館戦争」が始まってしまったんですけど、その主役の一つが「開陽丸」です。

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ペリーの黒船来航が発端になり、日本も海外の国に対抗できる軍艦を作らなくては、国を守れないと感じた徳川幕府が発注した、幕府最強の軍艦がこの「開陽丸」 で、その軍艦奉行となったのが前述の榎本武揚。 新政府に船の引渡しを求められても断固拒否し続け、江戸を脱走して蝦夷の地に新しい夜明けをもたらす国を作る、 そんな夢を抱いて付けられた名前が「開陽丸」(夜明け前の意)なんですけど、函館の五稜郭を占領し松前藩をすべて倒してその夢の国を作ろうとしたのはいいけれど、江差でこの軍艦が暴風によるまさかの沈没にあい、土方歳三となすすべもなくその様子を見ていたそうですね・・・

現在のものはそれを復活させたいわゆるレプリカなんでしょうけど、当時は木造の銅葺きだったものが鉄製のものに変わったようですね。 私が見た時はまだ早朝だったので生憎それを見学することも出来ず、隣にあった資料館もまだ開館前だったので外観だけ撮影してくることしかできませんでした。 もう15年くらい前だったか、東京テレビ(12チャンネル)で、この函館戦争の幕末ロマンの長編番組を大晦日(30日と31日)に二夜連続で見たことがあるんですけど、BGMで流れていたさだまさしの「防人の詩」(さきもりのうた)が、実にマッチしていてプロデューサーの音楽センスが素晴らしいと感動したことがありました。

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男は夢をみるのも仕事の内なんでしょうが、現実的な女性には解らない世界なんでしょうねぇ、きっと♪

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